大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和25年(れ)1135号 判決 1953年1月22日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人上田光保の上告趣意第一点について。

憲法二八条の保障するいわゆる勤労者の団結権乃至団体行動権なるものは企業者対勤労者すなわち使用者対被使用者というような関係に立つものの間において、経済上の弱者である被使用者である勤労者が使用者である企業者に対し対等の立場においてその利益を主張しこれを貫徹して適正な労働条件の維持改善を計りその地位の向上に資するため認められたものである。従って勤労者と雖もこの範囲内においてのみ所謂団結権乃至団体行動権を有するのであって、憲法二八条はそれ以外の目的を有する団体又は個人の単なる集合に過ぎないものに対してまでかかる権利を保障したものではないと解すべきである。この見解は既に当裁判所大法廷の判例の判示したところである(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決判例集三巻六号七七二項以下参照)。本件において原審の認定した事実によれば被告人等はいずれも昭和二二年度所得税更正決定に不正があると主張し納税民主化同盟及びその友誼団体に属する大衆を指導してその威力によりその主張を貫徹しようと企て、判示第一及び第二の如き行動に出でたというにあるから、その団体行動が憲法二八条の保障する団体行動権に基ずくものに該当しないこと多言を要しないところである。

尤も原判決には被告人等の行動が憲法の保障する団体行動なることを肯定したかの如く思わしめる判示がないではない。しかし原審がかかる見解をとったものとしてもそれは唯その見解そのものが誤謬たるに止まり既に被告人等の行動が憲法の保障する団体行動に該当しないこと前説示の如くである以上、原審が判示被告人等の所為を処罰したからとて、原判決に所論の如き憲法二八条の違反ありといい得ないことは明白である。論旨は理由がない。

同第二点について。

本件公判請求書の記載によれば本件公訴事実の要旨は、被告人等が共謀して、昭和二三年四月一七日岐阜税務署長に対しまた同月一九日関税務署長に対しそれぞれ多衆の威力を示して面談を求め税法違反等の要求事項の承認方を迫り暴言を吐き怒号する等その要求に応じなければ同人等の身体に危害を加えかねまじき気勢を示す挙動に出でて脅迫し以てその要求全部を承認させ前者に対しては協定書また後者に対しては要求書と称する書面に署名捺印せしめたというのである。従って本件公訴事実と原審認定の判示事実とは社会上の出来事として同一性あること勿論であるといわなければならない。尤も検察官は本件公訴事実につき暴力行為等処罰ニ関スル法律違反罪及び強要罪(刑法二三三条一項)の罪名を附し、第一審裁判所はその事実を認定しながら刑法二二三条を適用し、更に原審は同一事実を認定して同法九五条二項を適用していることは所論の通りである。しかし、それは唯同一事実に対する法律構成上の見解を異にした結果に外ならないものであって、それがために、原判決に所論のような違法があるとはいい得ない。論旨は採用の限りでない。

同第三点について。

原判決は、被告人等は、孰れも昭和二二年度所得税更正決定に不正あると主張し、納税民主化同盟及びその友誼団体に属する大衆を指導して、その威力により、その主張を貫徹しようと企て共謀の上判示税務署長等に対し判示のごとき暴言、気勢等を以て、判示内容の要求を全部承認させた上判示書面に押印させた事実を認定し、これに対し、刑法九五条二項を適用したものである。そして右条項前段にいわゆる「公務員をして或処分を為さしめ若しくは為さざらしむる為め」とある「公務員の処分」とは、当該公務員の職務に関係ある処分であれば足り、その職務権限内の処分であるとその職務権限外の処分であるとを問わないものと解すべきである。けだし、同条項前段と後段並びに同条一項を比較対照すれば、同条二項は、公務員の正当な職務の執行を保護するばかりでなく、広くその職務上の地位の安全をも保護しようとするものであること明白だからである。従って、判示要求承認の内容が判示税務署長等の職務権限外の事項であっても、すべて同税務署長の職務上の処分であると判示して、前記条項を適用した原判決の擬律は正当であるといわなければならない。それ故所論は、その理由がない。

同第四点について。

しかし、原判決挙示の証拠及びその証拠によって肯認し得る原審認定の判示事実とを綜合すれば、被告人等が犯行の現場において、判示の要求を貫徹するため互に、各自の行動を支援しつつ暴言怒号その他によって危害を加えかねまじき気勢を示めし判示税務署長等を畏怖せしむるにつき意思の連絡あったものたることを肯定するに難くないのである。所論は畢竟事実誤認の主張に帰し採用の限りでない。

同第五点について。

しかし、原審の事実認定は原判決挙示の証拠にてらしこれを肯認するに難くないのである。そして原判決の判示事実によれば被告人等が税務署長等を脅迫したものといい得ること勿論であり、所論は結局事実審たる原審がその裁量権の範囲で適法になした事実認定を非難するに帰し上告適法の理由とならない。

同第六点について。

所論は畢竟事実審たる原審の裁量権に属する刑の量定を非難するものであり上告適法の理由とならない。

被告人本人今村英雄の上告趣意について。

原審の事実認定は原判決挙示の証拠に照らしこれを肯認するに難くない。所論は単なる事実誤認の主張をなす外徒らに原判決を非謗するだけで実質上は何等具体的に法令違背を主張するものではない。それ故上告適法の理由となすに足りない。

被告本人福田宗重良の上告趣意について。

所論は事実審である原審がその裁量権の範囲内で適法になした事実認定を非難するものに外ならないのであって上告適法の理由とならない。

よって、旧刑訴四四六条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 斎藤悠輔)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例